【読書感想文】ミドルワールド 動き続ける物質と生命の起源

『ミドルワールド 動き続ける物質と生命の起源』
著:マーク・ホウ、訳:三井恵津子 (紀伊国屋書店)


「世界最大の〇〇」だとか「史上最少の〇〇」は話題になるけれど、「中くらい」というのはどうだろう?
大きすぎず、小さすぎない絶妙なサイズの世界には、生命の謎が隠されている…それを教えてくれるのが本書『ミドルワールド 動き続ける物質と生命の起源』だ。


ことの発端は1827年。
植物学者ロバート・ブラウンは花粉の観察中に、謎の”粒子の運動”を偶然見つけた。
花粉が壊れて中から出てきた粒子が、止まることなく不規則に動き続けている。
彼は初め、これが”生命力の源”なのではないかと考えたが、岩石の粉末でも同じ現象がみられることから、生命とは関係ないものだと判断した。
ブラウン運動と名付けられたこの運動は、関心の薄い生物学者たちから、”物質の運動”を扱う学者=物理学者へとゆだねられる。


物理学にはいくつかの潮流があるが、いずれの潮の流れにも逆らうようにしてブラウン運動は存在した。
ニュートンの出現によって構築された古典的な力学では、ブラウン運動を説明できないようにみえる。
熱力学の世界でも、ブラウン運動を説明しようとすると矛盾が生じかねない。
19世紀半ばごろまで、ほとんどの科学者は、ブラウン運動自体が間違いだと主張したという。


この現象を理解するために必要だったのは、分子や原子という存在の”仮定”統計学だった。
新しい武器を携えた科学者たちは、それぞれの研究の中で少しずつブラウン運動の正体に近づいて行く。
1905年という偉大な年には、かの”無名の特許局事務員”が、ブラウン運動に関する論文を出した。
また、ちょうど同じころには、ヨーロッパの各地でブラウン運動の重要性に気づき始めた科学者たちが、それの不思議な現象を説明するための検証に手を付ける。


「ブラウン運動とはなんなのだ?」「どのような条件で起きるのだ?」…数々の科学者を翻弄してきたブラウン運動が、原子や分子の”実在”を説明することになるとは、当初はだれも思わなかっただろう。
科学者たちの思考の軌跡は、ぜひ本書をお読みいただきたい。

ブラウン運動は、大きすぎる物体では見られない。
小さすぎる物体でも見られない。
「中くらい」という、絶妙なサイズの世界(ミドルワールド)でしか起こらない、とてもわずかな運動が、科学の歴史を動かすギアの一つとなったということが、よくわかる。


本書の終盤、話題は物理・化学の話から生物学の話へと舞い戻っていく。
何を隠そう、私たちの体はミドルワールドによって成り立っていたのだ。
ロバート・ブラウンの思い描いた”生命力の源”とは少し違うけれど、無関係とも言い切れない。
植物学者に始まった物語は、化学や物理の森を超えて、生命の神秘へと帰着する
こんな構成、粋としか言えないのでは。


(文字数1117)

*-*-*-*-*-*-*-*-*

【800文字読書感想文】 800~1000文字を目安に感想文を書く練習をしています。

文章の書き方について、アドバイスなどがありましたらぜひご教示ください。

*-*-*-*-*-*-*-*-*


面白かった本を短くまとめるのは無理難題です(断言)。

前回のBLOGのように、ちょっと読書力が落ちていて読むのに時間がかかりましたが、価値ある一冊でした。
(メモ取りながら読むから…)


”ブラウン運動”は、高校の化学だとほんの1ページくらいしか出てこない、なんというか、おまけのような項目です。
ほとんどの高校生にとって「名前は憶えているけど、必要性はわからない」くらいの存在だと思うのですが、

ブラウン運動は生物学と物理・化学をつなぐ存在

であると確信しました。

化学や生物を学ぶ学生さんにはぜひ一度読んでほしいし、科学史関係の人にもおすすめです。



AOSHISHI BUNKO

新潟で活動している青鹿文庫(あおししぶんこ)です。 一箱古本市などブックイベントへの参加、科学書を中心とした読書の記録などをしています。

0コメント

  • 1000 / 1000