とにかく人に薦めたい本は『ソロモンの指輪』
「ソロモンの指輪」とは、古代イスラエルの3代目の王ソロモンが持っていたマジックアイテムである。
この魔法の指輪をもっていれば天使と悪魔を使役でき、地上の様々な動物と自由に会話することができたのだそうだ。
動物の言っていることが理解できたら…とは、誰しもが一度は夢見るのではないだろうか?
本書の著者はこう言う。
「動物の言っていることを理解するのに、魔法の指輪なんていらない。必要なのは動物への敬愛のまなざしと、真摯な観察だ」と。
本書の副題は『動物行動学入門』。
ファンタジーなタイトルとは裏腹に、内容は動物の生態を研究し続けたコンラート・ローレンツによる、科学エッセイである。
とはいえ、その語り口は柔らかで読みやすく、面白エピソードも満載。
失礼を承知で言えば「動物大好きおじさんのどたばた研究日記」という感すらある。
普段科学の読みものなんか読まない、という人にもおすすめできる1冊だ。(日高先生の軽快な翻訳がまたすばらしい)
著者のローレンツは動物行動学(エソロジー)の第一人者として活躍した、実践的な研究者である。昨今のDNAや統計解析を重視するスタイルと違い、とにかく動物を「観察」することで、それまで知られていなかった生き物の行動や習性を発見した。
1903年に生まれ1989年に没するまで、動物を愛し続けた人生だった。
ウェブで画像検索をすれば、彼が(多くの場合は鳥にもみくちゃにされて)穏やかに笑う姿を見ることができる。
ローレンツの発見した動物の生態で最も有名なのは、鳥類の”刷り込み(インプリンティング)”であろう。鳥は卵からかえって一番初めに見た動くものを「親」とみなし、付き従う。
『ソロモンの指輪』では、この刷り込みを発見した時の様子も語られている。
ヒナの誕生の様子を観察するため、孵化直前のハイイロガンの卵を1つだけ手元に置いたローレンツ。
数時間をかけて少しずつ、濡れた体のヒナが姿を現す。
彼女は頭をすこしかしげ、大きな黒い眼をあげて、私をじっとみつめる。そのとき彼女はかならず片目で見た。たいていの鳥の例にもれず、ハイイロガンも何かをちゃんと見定めようとするときは、かならず片目でみるのである。長い間、じつに長い間、ガンの子は私をみつめていた。私がちょっと動いてなにかしゃべったとたん、この緊張は瞬時にしてくずれ、ちっぽけなガンは私にあいさつをはじめた。
(P133-134)
このハイイロガンの子はマルティナと名付けられ、ローレンツに多くの発見をもたらすこととなる。
他にも、「観察対象の動物が家中にいたので、生まれたばかりの娘を守るため、娘を檻に入れた」り、「カラスに求愛され、耳の中に虫(プレゼント)をつっこまれた」りと、たくさんのエピソードが明かされている。
動物を一番近くで観察していたからこそ見つけることができた、生き物の様々な行動・生態は好奇心を刺激してやまない。
一方で、このような研究手法(や文章)だからこそ、本書は「擬人化しすぎている」などと批判されることもあった。
「ハイイロガンの子は喜んでいた」と書いても、これは人間である研究者の主観であって、ガンが本当に喜びを感じていたのか、ということは証明できない。
数量化したり、統計的な優位を証明できる結果や、明確な定理を求めることが基本の自然科学において、そういった反論が出るのは当然だろう。
とはいえ、ローレンツが研究した刷り込みなどの本能行動は、動物の行動を理解する上で欠くことのできない基礎知識となった。
彼の見出した”本能行動”は揺るがない研究結果として、『ソロモンの指輪』に関しては一般の人が動物の行動に興味をもつファーストステップとして、今でも生き続けている。
ソロモンがひじょうに賢かったか、愚かだったか、私はよく知らない。とにかく私個人としては、動物とつきあうのに魔法の指輪を使うのはいさぎよしとしない。魔法なんかの助けをかりなくとも、生きている動物たちはじつに美しいつまり真実の物語を語ってくれる。そして自然界においては、実在する唯一の魔法使いである詩人たちがいかに美しい物語を生みだそうとも、真実はそれらよりはるかに美しいものなのである。
(P112)
『ソロモンの指輪』は青鹿文庫の中の人が、普段自然科学系の本を読まない人にとりあえず(しかも執拗に)すすめる本の1つ。
とにかく面白いから、読んでみらっしゃれ。この本を読んだ子どもさんが、将来の夢を『動物学者』と書くようになることうけあいです。
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