【読書感想文】愛国心を裏切られた天才

『愛国心を裏切られた天才 ノーベル賞科学者ハーバーの栄光と悲劇』
 宮田新平 (朝日文庫)


学生時代、化学の学習でとくに苦痛を感じたのは、無機化学の単元だった。

とにかく覚えるしかないし、楽しみ方もわからないし、「〇〇の工業的製法は××法」なんて知識がいったい人生のどこで役立つのか皆目見当がつかない。

そのため、本書の主人公の名も、とうに忘却の彼方となっていたのであるが…この本と出会い、目が覚めた。


フリッツ・ハーバー。
ドイツ出身の天才科学者だ。

彼の名は、アンモニアの代表的な製法である”ハーバー・ボッシュ法”にのこる。


化学になじみのない方に熱弁しておきたいのだが、アンモニアを人工的につくれるようになったというのは、人類の歴史を大きく変えた出来事の一つである。

アンモニアの材料である窒素や水素は空気中に大量に存在するが、それをアンモニアにする反応を起こすのがとても難しい。


なぜそこまでしてアンモニアをつくらなくてはならないのか?

アンモニア中の窒素が、植物=農作物の肥料になるからだ。

アンモニアの大量生産が可能になる以前は、チリの高山にある硝石という岩石を肥料としていたのだが、枯渇の未来が見えていた。

現在の人類を養う食料、それを生産するためにアンモニアの大量生産は必要不可欠なのである。


一方で、窒素をふくんだアンモニアは火薬の原料ともなる。

ハーバーは戦争中、祖国ドイツに身を尽くした。

ドイツはこの天才が生み出した技術により、弾薬と肥料を継続的に得ることができたが、その結果、第一次世界大戦は長引いたという。

相反する目的を担うアンモニアと、その大量生産を可能にしたハーバーの功績に興味がわいてこないだろうか?


アンモニアの製法確立後も、ハーバーは精力的に研究を行った。

前述の大戦中に彼が生み出したのが”毒ガス”である。

「戦争をこれによって早く終結することができれば、無数の人命を救うことができる」(P119)


毒ガスに倒れる兵士の乱れた凄惨な現場で、ハーバーは何を思ったのだろうか?

祖国の勝利を願って己の頭脳を供したこの天才科学者は、その後ナチス政権下で国を追われることになる。

そう、彼はユダヤ人だったのだ。


”事実は小説より奇なり”とはよく言うが、化学の教科書で私を苦しめた名前の裏にこれほどのドラマがあったとは、想像だにしなかった。

とくに科学技術と戦争の関係について、今一度考えずにはいられない。

化学や科学史に興味のある人はもちろんだが、広く一般の人に読んでほしい本でもある。

ハーバーの生んだ技術は、私たちの食を支えてもいるのだから。


(文字数1016)

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【800文字読書感想文】

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こーれーは面白かった!

感想文冒頭にも書きましたが、無機化学って無味乾燥に覚えることが多すぎて心が折れるので、こういった本で背景を知るのがいいですよね。

ほんとうに、苦しむ高校生に読んでほしい…


↓みたいな解説動画もいいですね。Youtubeって便利。

AOSHISHI BUNKO

新潟で活動している青鹿文庫(あおししぶんこ)です。 一箱古本市などブックイベントへの参加、科学書を中心とした読書の記録などをしています。

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